感想「ノルウェイの森」村上春樹

本の概要

この作品は、1987年に上下2巻で刊行され、1991年に文庫化されました。

その後、村上春樹さんの作家デビュー25年記念版として、2004年にオリジナルのハードカバーと同じデザインで文庫新装版が刊行されました。

赤と緑の表紙が印象的です。

私の所有する文庫版は、2004年に新装版として刊行されたものの、2006年の8刷(上)、2005年の8刷(下)となっています。

私が村上主義者になったのが2005年だったので、その翌年に購入したようですね。

購入時期・再読回数

上下巻同時に購入した記憶があります。おそらく2006年くらいかな?

再読数は、正確には記憶していなのですが、10回以上は読んでいると思います。

あらすじ

(上巻)

地元を離れ、東京で寮生活をしている、主人公である大学生のワタナベは、高校時代に唯一の友人であるキズキを亡くしました。

ワタナベ君は、なぜキズキが亡くなったのか理由は分かりませんでした。

そして、キズキの彼女である直子と、キズキの死後、疎遠になっていたのですが、大学に進学したある初夏の日、東京の中央線の中で再開します。そして直子に惹かれていくワタナベ君ですが……。

(下巻)

直子は東京を離れ、京都にある診療所に入っています。

ワタナベ君はそのあいだに、同じ大学に通う緑という女性と知り合いになります。最初は緑のことを友人と思うワタナベ君ですが、直子という存在がありながら、緑にも惹かれていく自分に気が付きます。

診療所にいる直子と同室のレイコさん、同じ大学の緑。

直子と緑との間で揺れ動くワタナベ君ですが、そのことをレイコさんに相談します。

感想

この物語って、村上春樹さんの長編小説では、少し異質な気がしているんです。

だから私にとっては、正直よく分からない物語なんです。物語を追っていっている感覚は、読んでいてあります。しかし、登場人物の心の動きが、よく分からないんですよね。

いや、分からない訳では無いですね。なんというか、うまく馴染めないと言った方が正確かもしれません。現実的なのですけれど、どこかに浮遊感みたいなものがある気がしています。

凄く現実的だとは思うんですよ。他の作品に比べると、かなり現実的なお話だと思います。だからといって、現実的だから馴染めないという訳ではありません。

何というか、例えば、ワタナベ君はどう思って行動したのか?とか、直子の考えていることはどうだったのか?とか、緑の考え方、というか行動だったり、といったことですね。

読んでいて、どうもしっくりこないんですよ。物語という型に自分がはまらない。

だけど、読んでいて面白さはあります。物語の面白さは確実にあります。非常に面白い物語です。だから、何度でも読めるんですね。そうじゃないと何度も読むことはできません。

上巻はそういう感じがあるのですが、下巻の印象はちょっと違うんですよ。もう少しストレートに響きます。それはなぜか?

(以下ネタバレ含みますので、読まれていない方は飛ばして頂ければと思います)

答えは単純で、最後にレイコさんとワタナベ君がセックスするからだと思うんです。二人とも、直子という死者を共有しています。レイコさんもワタナベ君も、過去を引きずっているわけです。しかし、最後に二人が同じことを考えて、セックスすることによって、二人とも現実と結びつことが出来たと思うんです。変なたとえかもしれませんが、現実と結びつく儀式として二人がセックスしたと言うか……。私はそう思いますね。

その後の、レイコさんとワタナベ君の別れのシーン。ここが、私にとってこの物語のハイライトです。いつ読んでも、この別れのシーンは良いです。二人の生きる意志が、とても強く出ているんでるよ。読んでいて力を貰えますね。本当に、グッときますね……。

そして、その後の緑とのラストシーンに繋がるわけです。ここも良いんですよ。最後の最後にワタナベ君の本音が出ていて、グッときますね(2回目ですが 笑)。

他の村上春樹さんの長編小説に比べると、現実的な物語だと思うんですけれど、これは私が村上主義者(熱心な村上春樹ファンのことを村上主義者と呼びます)だからそう思うのであって、この本しか読んでいなければ、きっと非現実的な物語という印象を持つのだと思います。

そういうわけで、好き嫌いが分かれるとは思いますが、私は単純にこの物語が好きです。何度でも物語に触れることが出来る魅力を持った作品だと思っています。

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