感想「こゝろ(こころ)」 夏目漱石

本の概要

この作品は1914年に刊行されています。夏目漱石さんの作品では最も有名なのではないでしょうか?

購入時期・再読回数

この作品に初めて触れたのは、高校生のころ、現代文の授業でした。

確か「下 先生と遺書」の一部だったと思うのですが、読んでいてこれは面白い!と思いすぐに文庫を買いに行きました。

私のクラスで授業の後本を買ったのは間違いなく私一人だったと思います(笑)。少なくとも男子生徒は間違いなく誰も買っていませんでしたね。

実家に行けば文庫があると思うのですが、今回はKindleの青空文庫版を読みました。

教科書にも載っているくらいなので、読まれた方もいらっしゃると思います。

再読回数は5回~6回くらいだと思います。

あらすじ

私が語り手として、物語が進む「上 先生と私」と「中 両親と私」、そして私が先生と呼んで慕っている方からの手紙が語る「下 先生と遺書」となっています。

読まれた方はわかると思うのですが、先生の手紙は長すぎますよね。手紙の量をはるかに超えています。しかしそれを突っ込むのは野暮というものです。フォルクスワーゲンのラジエターと同じくらい突っ込んではいけないことなのでしょう。

話としてはシンプルなんですよ。先生は、親友を裏切ってしまった。親友に親切にしなければならないと行動したことが、結果的に自分の裏目に出てしまった。そしてそのことをずっとずっと引きずり続けている。そしてそれば、幸せであったであろう家庭生活にも影響を及ぼしている。

もちろん「上」と「中」の語り手である私はそんなことは知らないわけです。どうしてなのか?はいろいろと考えますが。しかし、その先生が亡くなってから初めて先生のことを理解したんですね。

だから「下」の先生からの手紙をを読んで初めて、先生がなぜ今のようになったのか、奥さんとの関係がなぜそうなってしまったのか、が分かります。つまり「上」や「中」を読んでいるときは、まだ先生のことを私は理解していないんですね。

それは主人公の私に限らず読者もそうですね。立場としては読者も同じです。しかし立場が同じだからといって、読者が私になる必要はありません。私の視点を持てばいいだけです。

感想

何が言いたいかと言うと、もし自分が私の立場だったら先生を先生と呼べたのか?ということなんです。まあ今とは時代が違うので、考えるのは少し難しいのですけれどね。

この話の教訓は何か?ということをよく考える訳ですが、なんだと思いますか?

教訓とは違いますが、私は個人的に、例え(それが自分のせいだったとしても)親友を亡くしても、先生は家庭生活や今後の人生を上手く送るべきだったのではないか?ということです。

しかし、そうなってしまったらきっとこの物語は成立しないのでしょうね。

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夏目漱石
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