感想「キャッチャー・イン・ザ・ライ」J.D.サリンジャー(訳:村上春樹)

本の概要

この作品は、現在日本では2種類流通してます。野崎孝さんの翻訳された「ライ麦畑でつかまえて」と、今回紹介する村上春樹さんが翻訳された「キャッチャー・イン・ザ・ライ」です。

この本は2003年にハードカバーで刊行され、2006年にノベルズ版が刊行されました。

余談ですが、ノベルズ版の発売当時、新聞広告で「ペーパーバック・エディション」と紹介されていたんですよ。それを見た私はてっきり原書のような本当のペーパーバックだと勘違いしてしまったのですが、書店で見たら普通のノベルズでがっかり、ということがありました。単純に私の勘違いです(笑)。

購入時期・再読回数

ハードカバーを2003年4月に、ノベルズ版を2006年3月に購入しました。

再読回数は15回以上だと思います。「ライ麦畑でつかまえて」とあわせて30回は超えていますね。

あらすじ

高校を退学になった主人公の、ホールデン・コールフィールド君が、退学になった事実を両親に隠すために、ニューヨークの街を数日間さまよう話です。

感想

この村上春樹さんが翻訳されたものと、野崎孝さんの翻訳されたものというのは、当然ながら同じ物語です。

だけど、受ける印象が少しだけ違うんですね。

それはなんだろうな、ということをじっくりと考えながら今回再読をしたのですが、結局はよくわかりませんでした(笑)。だから、基本的には些細なことなのだと思います。

どちらの作品も、ホールデン君はホールデン君なんですよ。ただ、野崎孝さんの翻訳のほうが、よりホールデン君のぶっきらぼうだけれど、芯があるという彼の持ち味がよりうまく翻訳されているのではないかな、と思います。この辺りは非常に評価が分かれるところです。その逆の意見もかなりあると思います。

こちらの村上春樹さんの翻訳されたものでも、やっぱりホールデン君から受ける印象はなにも変わっていません。上品さというのも私は特に感じませんね。

村上春樹さんの訳のこちらの方が、物語を追っていく感覚がつかみやすいのではないかな、と個人的に思います。

どちらを勧めるか、と問われれば、私は野崎孝さんの翻訳されたものを勧めますが、現在読むのであれば、村上春樹さんのほうが良いのかもしれませんね。違和感みたいなものは少ないと思います。

単純にこの物語の魅力ってなんだろうと思うのですけれど、この物語というより、ホールデン君の魅力が、この物語の全てだと思います。

彼の世の中を見る目、純粋でいたい自分と、大人への段階という自分の感情のストレートさのミックスが、この物語の骨子だと私は思います。

この作品ように、刊行されてから長い間読まれ続けている作品というのはやっぱり物語自体にそのポテンシャルがあるのでしょうね。今回の再読で、改めてそう思いました。

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J.D.サリンジャー
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あとがきは読まない